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2011年01月 アーカイブ

無気力に打ち勝つ

子どもが男の子であれ、女の子であれ、その教育についてわたしたちにわかっているのは、帝政期には、生まれるとすぐに子どもは乳母に預けられたということです。


乳母は乳を与えるだけではなく、多くのことをしました。


少年期になると、子どもは「養育者」とも呼ばれるペダゴーグに、思春期になるまで預けられます。


ペダゴーグは、家庭の教育によって「無気力さ」が子供の身についてしまうのを避けることと、性格を鍛え、強くする活力〈インドゥストリア〉を教えこむことが役目です。


しかしながら、「良き家庭」では徳を愛し、この退廃的なローマにあって、悪徳にあらがう気力を持つべく徳を身につけようとする精神的な雰囲気に取り巻かれていたにもかかわらず・・・


思春期になって、一人前の男性の服を身につけるや、青年の第一の関心事は、女召使の身体を買うことか、ローマの悪所であるスプーラ街に駆けつけることでした。


上流社会の夫人が、かりそめの恋の相手に青年の純潔を奪ってくれるのであれば話は別でした。


これは羽毛 掛け 布団のある現代社会ではあまり考えられないことですよね。

無気力に打ち勝つ 2

紀元後2世紀になり、こうした風紀に対する「非難」の声が高まるなかで、新たな道徳性が出現するまでは、少なくともこうしたことが行なわれていました。


この新たな道徳性は、医学的な俗説に裏打ちされ、性愛を結婚の中に封じ込めようとするもので、男子に対してもそうでした。


この道徳は、両親をして、息子たちの純潔を婚礼の日まで守らせようとしました。


性交は、まだ罪とは考えられておらず、一つの快楽でしたが、アルコールと同じく、快楽というのは危険なものです。


それ故、健康のためには、回数を限らねばならなかったし、最も慎重論は断つことでした。


それも、厳格主義からではなく、衛生上からのものでした。


個人の新たな要である抵抗する精神力を発揮せねばならない、自分の快楽に対して他人がつけこむことは危険です。


性格をつくる機会を失ってしまい、再びそのような機会を得ることはできないでしょう。


また、若くして結婚することは、ふしだらではない青年期を送った証しでした。


これはかなりの快楽を結婚までとっておかねばならず、性的能力を余りに早く示しすぎてはならないということでした。


これらはすべて東洋羽毛工業がまだなかった時代の話ですが、その理屈はわかるような気がしますよね。


無気力に打ち勝つ 3

心を犯すことは正真正銘の放蕩とされていました。


日があり、すっかり夜になりきらないうちに性交をする者と、一糸まとわぬ女性と「堕落しきった女」だけが、ブラジャーをつけなでいることを好んだのであって、ポンペイの淫売宿を描いた絵画の中でも売春婦たちの姿が描かれています。


愛撫には右手を使わずに左手でしか行なってはならないのに右の手を使う・・・


誠実な男性にとって、自分の妻の裸体を少しでも垣間みることのできる機会は、ちょうど良いときに、開け放たれた窓に月がさし込むことでした。


この厳しい法律、また奴隷制度でもわずかなサディスム・・・


なによりもギリシャ・ローマ時代の性の忠的節目である明らかな男性主義を内包しています。


受身となる相手が女性であるにせよ男性であるにせよ、能動的であるということは男であるということなのです。


それ故次の3つは、この上なくおぞましい行為でした。


女性を悦ばせるために唇をつけてまで卑屈な軟弱さを男性が押し進めるクンニリングス。


堕落の極みであり、相手に悦びを与えることで受動的に自分の悦びを得、通常の性器を用いることを相手に対し卑屈にも拒むものであるフェラチオ。


テルトゥリアヌスは、これを人肉を喰うことと同一視していました(精子は彼によればすでに子供であったからです)。


三番目は、自由人が受動性(〈淫乱〉)を押し進め、羽毛 布団のなかで「肛門性交」されるがままになることです。

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